· 

第367回 夜の祈りの詩

聖書=詩編63編7-9節

7    床に就くときにも御名を唱え、あなたへの祈りを口ずさんで夜を過ごします。

8 あなたは必ずわたしを助けてくださいます。あなたの翼の陰でわたしは喜び歌います。

9 わたしの魂はあなたに付き従い、あなたは右の御手でわたしを支えてくださいます。

 

 今回は旧約聖書・詩編63編7-9節から、神の恵みを受け止めてまいりましょう。今回は7-9節の短いところだけを取り上げますが、ぜひ、この詩編全体をお読みください。この詩は全体としてはダビデ歌集に属し、「神への嘆きの詩」に分類されますが、この短い個所は神への信頼が歌い上げられています。

 この部分は個人の「夜の祈りの詩」と言っていいでしょう。聖書の注解者の中には、この詩を神殿での夜の奉仕についての詩と理解する人もいますが、そのように限定する必要はありません。神を信じて生きる信仰者が一日の務めを終えて、その日の労苦を顧み、就寝前のひととき、神の御前で祈りの時を持つ、そのような時の祈りの言葉なのです。

 「昼」は額に汗して働く時です。その働きの中で、人は悩み、苦しむのです。ミレーの「晩鐘」が示すような静かな平穏の時だけではありません。むしろ、今日に生きるわたしたちにとって、昼間は戦いの時と言ってもいいでしょう。銃を取っての戦いではありませんが、まさしく戦いの場なのです。いろいろな生活の戦いの中で労苦するのです。意に沿わないことを命じられる場合もあります。正しいと思っていることを貫けない場合もあります。

 日毎の歩みと労苦の中で、わたしたちは神の御心を知りながらも、心ならずも罪を犯し、不義に身を委ねることもあります。いつもいつも正しいと判断することだけを選択するのではなく、周囲の声に忖度し、選択を誤ることも多くあるのではないでしょうか。「額に汗して働く」とは罪の苦悩と惨めさの中で生きることなのです。

 後悔の重い思いを引きずって、わたしたちは夕べを迎え、神の前に立ちます。罪に敗れた惨めな思いで、悔い改めの祈りの言葉を「床に就くとき」、ボソボソと語る以外ありません。「お赦しください」と、「御名を唱える」以外ありません。わたしたちの夕べの祈りは、労苦の中で犯した罪の悔い改めの祈りではないでしょうか。

 また、「夜」は必ずしも安穏な休息の時だけではありません。今日、どれほど多くの人が睡眠薬、睡眠導入剤、精神安定剤などに頼って夜を過ごしているでしょうか。実は旧約でも、夜は悪霊が跳梁し、盗人が襲い、思い悩み、平安に過ごすことの出来ない時として描かれています。わたしたちは、長い夜の時こそ、過去を悔い、先行きに不安を覚え、深く思い悩む時なのではないでしょうか。ですから、この詩の作者は「あなたへの祈りを口ずさんで夜を過ごします」と語っているのです。

 しかし、詩人は祈りの中で、神の恵みの確かさを確信するのです。「あなたは必ずわたしを助けてくださいます。あなたの翼の陰でわたしは喜び歌います」と。「必ず」とは、神の意志を示す強い言葉です。どんなに深い罪を犯し、罪に敗れても、神の御許には赦しがあります。どんなに困難に直面して思い悩もうとも、絶望の淵に立とうとも、神は「必ず」助けてくださいます。神の御許には助けがあります。

 これこそ、神を信じて生きる者の幸いです。「あなたの翼の陰で」とは、神の保護を表す言葉です。母鳥が生まれたばかりの幼鳥をその翼で覆い守るように、神はわたしたちを温かく守り抜いてくださいます。「右の御手」も同じ神の保護を表す意味の言葉です。この絶大な神の守りの恵みの中で、わたしたちは「喜び歌う」のです。その喜びの歌が「わたしの魂はあなたに付き従い、あなたは右の御手でわたしを支えてくださいます」という神信頼の言葉です。

 ここに歌われているのは、神を信じる者の「永遠保持の恵み」です。夕毎に、わたしたちは敗残の惨めな姿で神の前に座します。しかし、そこで、わたしたちは神を「信じる者の永遠保持」の確約をいただいて、安らかに休み、また起きるのです。