聖書=旧約聖書・詩編52編3-7節
3 力ある者よ、なぜ悪事を誇るのか。神の慈しみの絶えることはないが、
4 お前の考えることは破滅をもたらす。舌は刃物のように鋭く、人を欺く。
5 お前は善よりも悪を、正しい言葉よりもうそを好み、
6 人を破滅に落とす言葉、欺く舌を好む。
7 神はお前を打ち倒し、永久に滅ぼされる。お前を天幕から引き抜き、命ある者の地から根こそぎにされる。
今回は旧約聖書・詩編52編3-7節を取り上げます。この詩編には長い序文が付いて「ダビデの詩」とされていますが、ダビデ時代よりも後期の北イスラエル時代の作ではないかと推測されます。詩全体は「個人の嘆きの詩」に分類されますが、この3-7節の冒頭の部分から預言者伝統の中にある者の詩であることは確かです。
「力ある者よ、なぜ悪事を誇るのか」と歌い出されます。この詩は、富と権力を持つ者への弾劾の言葉から始まります。「力ある者よ」を、新改訳の系統は「勇士よ」と訳しています。誤訳ではないが理解を誤った翻訳です。戦いに強い「勇士」ではなく、権力や財力をもって弱い者たちを搾取する「世の権力者」を指して、詩人は「力ある者」、「お前」と言っているのです。
この詩の部分は、富と権力ある者たちへの弾劾の言葉と言っていいでしょう。詩人は「神の慈しみの絶えることはないが」と言います。詩人は神の恵みの絶大さと広大さを信じています。神は慈しみ深いお方です。しかし、「お前の考えることは破滅をもたらす」と語ります。今、権力者たちが考え、計画し、実行しようとしている謀りごとは、お前の身に「破滅をもたらす」のだという宣告です。
権力者の語る言葉は「舌は刃物のように鋭く、人を欺く」のです。権力者の語る言葉が美しく、正義の言葉、愛情ある言葉のように聞こえてきます。多くの人はそれに欺かれてしまう。期待してしまう。しかし、それは鋭利なカミソリのように民衆を傷つける「欺きの言葉」です。多く民衆にはその真実が見えていません。
「お前は善よりも悪を、正しい言葉よりもうそ(虚言)を好み」ます。「お前」とは権力者です。この地上の権力は、どの時代、どのような社会にあっても、必ず腐敗します。神の民と言われるイスラエルであっても例外ではありません。腐敗した権力者は、驕り、高ぶり、さらに栄華を求めます。貧しく呻く弱い人々のことなどは目に入りません。虚偽をもって搾取に搾取を重ねていきます。
彼ら権力者は「人を破滅に落とす言葉、欺く舌を好む」のです。権力者の語る言葉は2枚舌、3枚舌です。虚偽に虚偽を重ねて巨利を得ます。彼らの目には神の義が見えていません。「天幕」という言葉が使われています。神殿と同じ「神の臨在の場」です。彼らは、神の民の有力者として神の天幕・神殿に堂々と出入りし、敬虔を装って巨利をむさぼり、弱者を虐げているのです。民は欺かれ続けています。
しかし、神は、彼ら力ある者たち、権力者の真実の姿をしっかり見抜いておられます。この詩編の詩人は預言者のように語ります。「神はお前を打ち倒し、永久に滅ぼされる。お前を天幕から引き抜き、命ある者の地から根こそぎにされる」と。
「神はお前を打ち倒し」と語ります。神ご自身が審判者となり、彼らを打ち倒し、決着を付けられます。「天幕から引き抜く」とは神の前からの追放です。永遠のいのちの恵みから絶たれます。「永久に滅ぼされる」、「命ある者の地から根こそぎにされる」と、同じ事柄を異なった表現で繰り返します。神の厳粛な審判の強い言葉です。
わたしたちは今日も、権力者たちの横暴と搾取に打ちひしがれています。権力者の甘言に踊らされています。神を信じて真っ当に生きても、苦しみと悲惨から逃れられません。為政者や権力者の甘言に騙されて貧しい者はますます貧しくなる。貧しく弱い者に対して、だれも振り向いてくれません。助けがない。
しかし、神は生きておられ、権力者のすべてを視ておられます。神の前に隠されるものはありません。神は正しい裁きをしてくださいます。神の正しい裁きのあることを確信し、時代に流されることなく、真実の道を歩もうではありませんか。