第68回 人生の嵐に遭う時

聖書=ルカ福音書8章22-25節

ある日のこと、イエスが弟子たちと一緒に舟に乗り、「湖の向こう岸に渡ろう」と言われたので、船出した。渡って行くうちに、イエスは眠ってしまわれた。突風が湖に吹き降ろして来て、彼らは水をかぶり、危なくなった。弟子たちは近寄ってイエスを起こし、「先生、先生、おぼれそうです」と言った。イエスが起き上がって、風と荒波とをお叱りになると、静まって凪になった。イエスは、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言われた。弟子たちは恐れ驚いて、「いったい、この方はどなたなのだろう。命じれば風も波も従うではないか」と互いに言った。

 

 イエスは弟子たちに舟に乗って「湖の向こう岸に渡ろう」と言いました。舟はイエスと12弟子を乗せたら一杯です。ガリラヤ湖は南北に細長い面積166平方㌔の湖です。ガリラヤ渓谷の谷底にあり、周囲三方が高い山に囲まれています。気流の変化で山から強烈な突風が吹きます。この突風は地元の漁師でもなかなか予見できませんでした。

 イエスと弟子たちの乗った舟が湖の真ん中にさしかかると、突風が吹き下ろし、舟は水をかぶり浸水し始めました。弟子の中にはガリラヤ湖の漁師たちがいました。ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレです。彼らは漁師でこの湖のことはよく知っていました。突風で舟が転覆し、多くの漁師の命が失われたことも知っていました。「知識は力である」と言われ、人間は知識と技術で困難を乗り越えてきました。同時に、知識は人の希望を奪うこともあります。知識は人の力の限界をも悟らせます。漁師たちの湖と突風についての知識は望みを失わせるものでした。

 ペトロたちは舟を操ることには自信があった。向こう岸に渡ることなど何の造作もない。自分たちの力で十分だと張り切っていました。ところが突風に出会い、舟が浸水しはじめると慌てました。彼らの知識と経験は恐怖と絶望をもたらすものとなったのです。舟が水をかぶり、危なくなった時、弟子たちは寝ているイエスを起こし、「先生、先生、おぼれそうです」と叫んだ。この弟子の姿に、今日のわたしたちの生活を重ね合わせて見ていくことが求められているのです。

 突然の出来事で慌てふためくのは、弟子たちだけではありません。わたしたちもいらいらし、悩み、慌てふためきます。コロナ禍で離職し、仕事を失い、家族とぶつかり、この先どうして生活していいのかと考え込みます。どうして、こんなことになってしまうのかと悩む。人生の嵐に遭う時に、人間の弱さがあからさまになります。問題は嵐に遭った時、どうするかです。もうこんな舟に乗るのはゴメンだと言って舟から飛び降りたらもっと危険です。

 弟子たちは不安と恐れで右往左往します。これがわたしたちの実際の姿です。弟子たちは叫びます。「先生、先生、おぼれそうです」と。この悲痛な叫びが大切です。これが祈りなのです。祈りというと整えられた言葉を語ることのように考えますが、本当の祈りは助けを求めての叫びなのです。試練に出会って神に叫ぶ、悲痛な叫び声、叫び求めこそ、祈りです。

 すると、主イエスは「起き上がって、風と荒波とをお叱りになると、静まって凪になった」。主イエスは弟子たちが助けを求める時、必ず応えてくださいます。これが主イエスと共にいる最も大きな祝福です。信仰者は孤独で生きるのではありません。いつも主が共にいてくださいます。キリストはいつも共にいて、祈りに応えてくださいます。生きる時も死ぬ時も一人ではありません。いつも主イエスが共にいて、必要な助けを与えてくださいます。

 イエスは弟子たちを助けた後、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言いました。これはお叱りの言葉でしょうか。わたしは弟子たちに対する信仰教育の言葉であると理解します。弟子たちに信仰がなくなっていたのではない。イエスを信じたから叫び求めた。信じていなかったら叫び求めはしなかった。キリストの弟子であるわたしたちに確かな信仰を求めておられるのです。この出来事を通して、イエスは2つのことを教えようとしているのです。

 1つは、キリストが自然界をも治める全能の力を持っている神であることです。この出来事を見た弟子たちは「いったい、この方はどなたなのだろう。命じれば風も波も従うではないか」と言いました。奇跡を目の当たりに見た弟子たちは、イエスが単なる人間ではない、神の力を持つお方であることを思い知らされました。主イエスは自然界をも治めることの出来る力を持つお方であるという事実に目が開かれたのです。

 2つは、イエスは嘆き訴える叫びの声にいつでも耳を傾けてくださることです。「おぼれそうです」という叫びは、死に対する恐怖の叫びでした。このような切羽詰まった時の叫びを祈りとして受け止めて、応えてくださるのです。真剣に求める者には、その叫びに応えてくださいます。わたしたちは人生の中で多くの嵐と出会います。その時、わたしたちの叫び、祈り求める声を聴いてくださり、応えてくださいます。