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第36回 万事を益に変えてくださる神

聖書=ローマ書8章28-30節

神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。

 

 皆さまは「聖書」をお読みになっておられますか。どうか、聖書を身近に置いて読んでみてください。初めての方は、「新約聖書の福音書」から読み始めてください。一度にたくさん読む必要はありません。1章でも、1ページでも、あるいは数節でもかまいません。少しずつ、しかし継続して読んでみてください。聖書の中には、読む人の心を強く捉えるみ言葉が幾つもあります。そのようなみ言葉を見いだすようにしてみてください。

 今回取り上げた新約聖書・ローマの信徒への手紙(よくローマ書と言います)8章28節の言葉もその1つではないかと思っています。神は、悪しきことや災いさえも、わたしたちの人生の益に変えてくださると言われています。重い病に冒されている方々、いろいろな悪意や中傷に悩まされている方々にとって、このみ言葉は強い励ましの言葉となるのではないでしょうか。わたしたちが人生に行き詰まって、やることなすことうまくいかなくなるような時に、スーと道が開かれていくような経験をします。ああ、神が生きて働いていてくださる。「万事を益に変えてくださる」のだと、感謝の思いに導かれることがあります。

 このみ言葉は、実はわたしが伝道者になろうかどうかと、ためらいながら考えていた時、牧師から示されたみ言葉です。いろいろな理由でためらっていました。その牧師は、このみ言葉を示して「思い煩うな」と言って決断することを勧めてくれました。それ以後、何度、このみ言葉によって慰められ、支えられてきたか分かりません。

 ローマの信徒への手紙8章28節を、もう一度読んでみましょう。「神を愛する者たち、つまりご計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています」。この28節冒頭のみ言葉は、日本語の翻訳では最後になっていますが、文の冒頭にある言葉です。「わたしたちは知っています」。わたしたちは知らなければならない。知っておくべきことがあるのだというのです。

 それは、先ず第1に、神がおられるということを知ることです。神は人の目に見えませんから、多くの人は神なんかいないと考えてしまう。あるいは神の存在を考慮に入れることを後回しにしてしまう。しかし、神はおられるのです。そして、そのことを人生とその歩みにおいて、最初に考慮に入れなければなりません。

 第2は、その神がわたしたち一人ひとりに対して計画を持っていてくださると言うのです。計画とは、神の御心です。わたしたちを心にかけていてくださり、心くばり、配慮していてくださるというのです。わたしたち人間は、どうしても近視眼的にものごとを考えがちです。すぐ目の前にちょっとした困難や障害があると、もう駄目だと諦めたり、投げやりになったりします。神はもう自分を見捨てているのではないかと、神をうらんだりもします。しかし、神は愛をもって神の御心の中に「わたし」という一人の人間に対して、深い御心、ご計画を持っていてくださるのです。

  第3は、その神のみ心は、人間の思いをはるかに越えています。わたしたち人間の予想や見通しなどをはるかに超えているのです。「もう駄目だ」と思ったところから、道が開かれてくるのです。神は、世界とその中にあるもの、起こり来るすべてのことを知り、支配しておられます。ですから、わたしたちの生活の中で起こるあらゆる問題、苦しいことや悲しいこと、どんな不安の中にあっても、神は愛情をもって一切をわたしたちの益として転換してくださいます。わたしたちの悲しみやつらさ、痛みを、救いと祝福に変えてくださいます。これを「摂理」と言います。

  最後に、一番大事なことを申し上げます。この摂理してくださる「神を愛すること」です。神を知り、神を愛するところで、この神のお取り扱いが本当に分かってくるのです。心を低くして、神のいますことを受け止めてください。すると、どんな時でも、心の中に平安が与えられます。神はわたしたちを愛して、共にいてくださり、わたしたちの歩む道を本当に幸いな方向に導いてくださるお方なのです。